千年弘高手記〜千年史〜

誰?千年弘高?どんな人?そんな、これから千年ワールドに入ってゆく方の為に、千年弘高の歴史大特集です。


1978〜1994年「少年時代」

東京の台東区にある永寿病院に生まれる。
小学校・中学校と野球をして過ごす。
当時の夢は野球選手。

 

1994〜1997年「高校時代野球から音楽へ」

高校に入学。
丸坊主にして野球部に入部し、甲子園を目指す日々
文化祭で初めて「
ライブ」というものを見る
歌っていたのは野球部の先輩だった。
鳥肌が立った。ココロをかきむしられた様な衝撃だった。
どこか悔しくて、俺もやりたい。歌いたいと思った。
3年になり、野球部でも主将になったが甲子園への夢はかなわなかった。
でも次の夢があった。
尾崎豊のコピーバンドを組んで、文化祭に出場した。
今まで弾き語りをした人は学校の歴史の中で誰もいないことを知っていたので
メンバーに、「もしアンコールがあったら弾き語りをさせてくれ」と頼んだ。
それがやりたいためにギターを買った。アンコールになる自信もあった。
文化祭本番。うれしくてステージの上を走り、飛び、歌い叫んだ。
すごい盛り上がりだった。もちろんアンコールは起こった。
スポットライトたった一つの中、たった独りのステージ。
体育館には500人以上の人がいる。
前の列で何人か泣いているのが歌いながらもはっきりわかった。
俺にとって
始まりの日となった。

 

 

1997〜2000年「役者時代〜弾き語り時代へ」

一人っ子だった俺は家族のことも考え、サラリーマンの道を選んだ。
バンドもやりたかったが、解散してメンバーもいないため、どうすることもできなかった。
もちろん、独りで歌うことなど考えられなかった。
サラリーマンとしての日々が始まるが、毎日、またステージに立ちたいと思いが深まるだけだった。
4ヵ月後会社を辞めた。
独りでは音楽はできないと考えていたため役者の道を選んだ。
オーディションにも合格し、初舞台「走れメロス」に出演した。
なんとそこで
新人賞を受賞した。
それを切っ掛けにTVドラマ「聖者の行進」や「GTO」などに小さい役で出演し、CMも何本か出演した。
そしてついに、中田秀夫監督、主演小原祐貴(ジャニーズJr)後藤理沙による
映画
「ガラスの脳」太田一弘役で出演が決まった。
しかし役者としてうまくゆけばゆくほど、音楽への思いが高まり、
独りでも歌えるという答えに辿り着いた。
それは九州への独り旅の中で一ヶ月路上ライブをして生活をし、
やっと見つけた答えだった。

※当時の出演作品。
   TV  「聖者の行進」「GTO」「奇跡体験アンビリバボー」「キューティー7」「月曜ドラマスペシャル」
       「ブースカ!ブースカ」「まぶだち」「はみだし刑事」「はみだし弁護士」
   CM 「任天堂 ゲームボーイカラー」「ミズノ」
   映画 「ガラスの脳」

 

2000〜現在「これからの千年弘高」

その後、渋谷Egg-manなど有名ライブハウスにも進出。
2001年8月の自主製作CD“ザ・ベスト・オブ・ザ・デモ#1”を100枚限定発売。完売となる。
2001年8月と12月には渋谷アピアでワンマンライブを行い、いずれも超満員となる。
そして2002年春、2万人の応募があった「
TOP OF THE AUDITION」で見事準グランプリに選ばれ、
いよいよ日本の音楽シーンにひとあわふかす時がきた。

※“ザ・ベスト・オブ・ザ・デモ#1”
  1.「曖昧な羊」 2.「カラスに笑われたあの日の朝」 3.「人造人間」 4.「あの日の帰り道」

Rock’n roll! By 千年弘高


※月刊チトセヒロタカより抜粋。